台風一過の九州ツー2日目です
回っている時はそれほど感じなかったのですが、ツーレポを纏めていると、結構回れた事に驚きます
当初は立てた予定を回りまくるだけでいっぱいいっぱいになるんじゃないかと思っていたのですが、少しづつ余裕を見ながらスケジュールを立てたのが正解でしたね
快晴の中、広島市街地を出ます
当初の予定では「まぁ9時過ぎには出なきゃな」くらいに考えていましたが、10時くらいには寝た事もあって、朝も目覚めバッチリです
たしか8時頃にはホテルを出たかな?
途中、宮島へ渡る船の乗り場があり、乗ってみたい衝動に駆られますが、秋芳洞にも入るのでココはパス
フェリー乗り場の近くに行けば鳥居が見えるかなと思ったのですが、乗船所みたいな所に迷い込みそうになり脱出(^^ゞ
その後調べた感じではフェリーの発着場から鳥居を見るのは難しそう?
バイク込みで片道560円、9時頃のフェリーに乗って、2時間ほどで厳島神社と大鳥居を見て11:42のフェリーで帰ってくれば、この後のスケジュールも難なくこなせた様ですが、朝からそんな大胆な予定変更は無理でした
ある意味「もしもの時は角島を諦めてまで宮島に行くか」という課題だったのですが、「バイクでの角島行き」は必須事項でしたね
宮島はいつか家族で来ても良いですから
このレポを見ている人には実にどうでも良い話ですが(笑)昔住んでいた所です
もう45年くらい前の話ですけどね(^^ゞ
どうやら住んでいた家は建て替えられていた様です
でも、おぼろげに記憶のある場所なんかも残っててやはり懐かしい感じでした
近所でザリガニも釣れたんですけど、そこは埋め立てられていました
通った幼稚園と小学校み見てきました
昔は結構な距離があった様に思っていたのですが、今行くと近いですね~
もっと広いと思っていた道がとても狭かったり、大きな通りまで結構歩いた気がしていたのが実はすぐそこだったりと結構驚きました
一人で海まで行こうとしたら確実に遭難するレベルくらいに思っていましたが、歩いて10分くらいでした

秋芳洞に入りました
何回か来てる事もあって、秋芳洞が必須ってわけじゃなかったんですが、秋吉台を通っている道路は昔自転車でキャンプツーした事があったので、是非そこは走ろうと思い、そこまで来るなら秋芳洞も入っとけって事で
秋芳洞の公式(?)駐車場というのがあるのですが、そこは400円(バイクも車も同額っぽいです)
周りでは100円の駐車場がゴロゴロしていました
当然100円の駐車場に停めたらおじさんが話好きでちょっと話込みました
昔はお土産屋をしていた様ですが、メインストリート以外のお土産屋や旅館は軒並み潰れている様で、そのおじさんは多分年金生活なんでしょうね
廃墟となったホテル・旅館は物寂しげです
さて、ご存知の通り秋芳洞は日本一内部の空洞面積が大きい鍾乳洞です。
入ってからの空間の広さに驚きます
秋芳洞の入洞料は1,200円
こういう変わった鍾乳石も多いです
まぁ一度は見ておくべき光景だと思います
一番奥まで来ました
片道約1km、高低差40mだそうなので、結構な運動です。
ツーリングブーツだったのでチョット大変
「帰り道はタクシーも呼べます」とか書いてありますけど、そんな金出せね~のでもちろん歩いて帰ります
ちなみに帰りの方が下りなのでちょっと楽です
平日に行ったため、人が少なくて、一人で歩く場面も結構あったのですが、結構暗いのでちょっと怖かったです(^^ゞ
入り口手前に昔の写真とか貼られてて面白いのですが、戦後の頃は観光客が大量に来ていた様ですね
それを思うとさびしい限りです
たしかに今時秋芳洞に宿泊する人は殆ど居ませんよね
秋芳洞の上、秋吉台道路はとても景色の良い快走路です
昔は観光地があって、馬の背中に乗ったりしたと思うのですが、見落としたのかなと思って後日調べたら、私が通った秋吉台道路から少し外れて国定公園秋吉台(観光センター)という所に立ち寄らなければいけなかった様です
これは悔やまれる
小学生の頃にここで馬の背中に乗った事があったのです
馬の周りを蜂が飛び回っていて、それを馬が尻尾でペシペシするのが怖かったですが
今、そこがどんな風になってるのかは見ておきたかったなぁ
まぁ平日は休業していたでしょうけど
秋吉台道路ですが、昔、高校生の時、真夏にココを自転車で走った事があり、相当辛かったんですけど、何故か良い思い出として私の記憶には残っています
リッターバイクで走った今回はのんびり走りましたが、それでも短く感じましたねぇ
秋吉台道路を走り切った後に、ナビの指示通りに角島へ向かうわけですが、途中の道は信号も無く、車も殆ど居なくて、いい感じのワインディングが続きます
走るのが楽しい~
角島の写真です
割とよく見る映像だと思います
ライダー的絶景度が日本で1~2を争うくらいではないかと思います
バイクの橋の部分だけトリミングすると結構迫力のある感じになります
この後、角島大橋を渡り角島へ行き、島も一周してきましたが、橋も綺麗で周りは絶景、島はのどかで和みます
ほんと来てよかった♪
割とめずらしい(?)角島大橋を逆から見た写真です
橋の上も海と周りの島が見えて絶景ですよ~
予定より全然早い時間で進んでいるので、島を巡ったり橋の先でのんびりしたり出来ています
(宮島行っとけば良かったなぁ)
当初の計画では毘沙ノ鼻は時間的にほぼ無理だと思っていたのですが、やたら余裕でした
秋吉台以降、市街地が無く信号も殆ど無い様な状態が続いたのが幸いしましたかね
この後も下関付近まで順調でした
知名度がゼロに近いと思いますが、本州最西端になる毘沙ノ鼻に寄ってきました
ちょうど角島と小倉の間にあるのです
途中、木のアーチになっている通路があるのですが、蜘蛛の巣が凄い!
近所のおじさんがちょうど蜘蛛の巣を取ってくれたトコなので無事写真の場所まで行けました
クモ嫌いの私はおじさんが巣の撤去をしてくれていなければ絶対に寄れませんでした
県も観光地としての整備をもうちょっと考えろよな~
で、そこに看板があって、「到達証明書が欲しい人は電話して」と書いてあるので電話してみると、下関駅の観光案内所まで来れば発行しますとの事
毘沙ノ鼻と小倉の間にあるので寄りましたが、発行場所遠すぎ
調べたら20km以上離れてました
マラソンで言ったら折り返し地点ですよ
私はこの後、九州に渡るのでちょうど通り道だった&観光案内窓口が開いている時間に通過出来たので証明書を貰いに立ち寄れましたが・・・
こういうのは融通効かせて近くの役場でやれば良いんですよ
しかも写真とか不要なので、行かなくても貰えちゃったりします("もらう"というより"買う"ですが)
これが到達証明書です
世間的には何の価値も無い紙ですが、私には記念の品なのです
下道メインで来たので関門大橋ではなく、関門トンネルを渡ります
料金は100円
自転車or徒歩だと風情もある(あるかな?)のですが、車・バイクだと長いだけで普通のトンネルです
県の境目の所に表記があるのでちょっと感慨がありますけど
このまま本日の宿、リコホテル小倉まで直行する予定だったのですが、時刻はまだ16:30
行けるとこまで行ってみるかと、翌日の朝に行く予定だった、昔住んでいた家まで行ってみました
私の住んでいた家以外の周りの家は皆無くなっていたのですが、私の住んでいた家だけまだ残って居て、人が住んでいる様でした(という事情なので家の写真は載せません)
小倉城寄り損ねた(実は行くつもりで走っていたら右折車線に入っちゃって、元住んでた家方向に走り始めたので、まぁそのまま行けばいっかってなったのですが)
「暗くなるまでが勝負」なんて思っていましたが、やはり関東より日が長い!
調べてみたところ、この日、埼玉の日没は17:18分、福岡の日没は17:56分!
なんと30分も日が長い
道理でこの時期なので18時過ぎてもギリ明るいわけだ
という事で元実家を見た後に通った小学校と中学校を見に行きました
どちらも坂の上にあって、今歩くとそれだけで息切れしそうです
最期に良く遊んだ公園で一休み
たしかこの時点で18時過ぎくらいかな?
ここで暗くなるまでノスタルジーに浸っていました
昔、ココでギター掻き鳴らしたり、自作の歌まで歌っていたり(黒歴史)、友達の望遠鏡で木星見たりしていたなぁ
近くを流れる紫川という川、はるか昔は水が綺麗という意味で紫川と言ったらしいのですが、私が住んでいた頃は水質汚染が深刻で文字通りの紫色の川になっていました
今回寄った時は他の都市の川並みの状態になってましたね
考えてみれば、秋芳洞で休息した以外、ちゃんと休息してなかったなぁ
走るのが楽しくてしょうがないのです(昼メシ食って無いや)
この公園で一休みしている間にあっという間に日が暮れましたので、そのままホテルに向かいました
駅前にある「リコホテル小倉」に泊まりましたので、チェックイン後即外出です
中学・高校の頃に良くあるいた浜の町アーケードです
ゆっくりしていたら商店街が閉まってしまうので
昔よりはだいぶ廃れた感じなのがちょっと寂しかったですねぇ
昔はゲームセンターがやたらあったのですが、1軒しか生き残っていない様に見えました
(ゲームセンター カジノ京町)
カジノ京町は割と昔風のゲームセンター味が残ってて軽く感動しました
(東京の新橋にある駅前ビルの中の脱衣麻雀ゲーセン群は今どうなっているんだろう?)
九州ラーメンを食べないとそらイカンでしょうという事で、ふらっと立ち寄ったこの店
どうも美味しい事で有名らしいです
おいしかったですよ♪
でも、「これが九州ラーメンだ」という感じではないです
もっとギトギトした感じがあった方が(笑)
ゲームセンターのカジノ京町の隣にあったラーメン屋が結構美味しかった記憶があるのですが、現存している「ラーメン味平」が当時と同じ味かはもう知る由もありません、残念
小倉駅はすっかり様変わりしているので面影もありません
私が住んでた頃はモノレールなんてなかったんです(たしかどこかの道路で工事をしていたかも)
この写真の右手奥に「カホ電子」というお店があったのですが、私の記憶ではマイコン(笑)ショップのパイオニアだった様な気がします
当時はMZ-80とかおいてましたけど、超高値の華でしたねぇ
大学生になって、8801もmkⅡSRになった頃に2万円くらいで中古のMZ-80K2を買いましたけど
と、そんな話はどうでも良いですね
今日はこのままホテルに向かい荷物を整理してオヤスミナサイ
昼前くらいには秋芳洞を歩いていたかと思うとびっくりな感じですね
3日目へつづく